心の記憶から

  • 2018.10.21 Sunday
  • 17:30

 

夜中にふっと思い出したこと。

 

小学生の頃、いつもイタズラばかりしている同級生の子がいた。しんちゃん。

 

しんちゃんはじっと座っているのが苦手だった。詳しくはわからないけど、

 

成績も悪かったと思う。

 

いつも授業中に消しゴムの切ったものを飛ばしたり、先生が黒板の方を向いている時に、

 

素早く床の上を移動したりして、ほぼ授業など聞いていなかったのではないかと思う。

 

私たちの担任のママ先生は、「こら!しんちゃん、どうしてじっとしてないの?」と

 

怒るのだが、その声に愛がこもっているのをしんちゃんは感じていて、多分甘えていたのだと

 

思う。全くイタズラをやめなかった。

 

詳細は忘れたけど、ある日、先生が、あまりのしんちゃんのイタズラに業を煮やして、

 

しんちゃん、こっち来なさい!と言って、教壇の上で自分の膝の上に座らせて授業をした。

 

そして、みんなもこっち来なさいと言って、子供達40人くらいだったかが、みんな先生と

 

しんちゃんの周りに集まって授業をした。

 

しんちゃんは照れ臭そうにしていたが、少し嬉しそうだった。

 

みんなは、しんちゃんは「一番出来の悪い子」と思っていたから、「仕方ないなあ、

 

しんちゃんは」と、子供達なりのお兄さん、お姉さん的な鷹揚さで、周りを取り囲んでいた

 

のではないかと思う。

 

私もそうだった。だって、先生から解き放たれたら、また悪さをするんだからって。

 

 

 

もう何十年も昔のことを、なぜ思い出したのか。

 

その時は、感じていたかもしれないけれど、気づかなかった自分の感情。

 

私も先生に抱きしめてもらいたかったなあっていう、親に抱きしめてもらった記憶のない、

 

私の小さな小さな願望。

 

それが、こんなオバサンになってからでも、思い出す。

 

心に記憶されてたものが出てくるんだなあ。

 

それで思った。

 

抱きしめてもらうのを待ってないで、自分から抱きしめてあげようと。

 

本当に抱きしめてもらいたいのは、内側の自分だ。

 

だから、本当に抱きしめてもらいたいと思っている子(人)を見つけてあげよう。

 

実はしんちゃんだけではなくて、たくさんの抱きしめてもらいたい子達(人達)がいるはず

 

なのだ。

 

そしてその子達(人達)は、自分でも気づいていなかったりする。

 

頑張って頑張って、頑張ってるから、気づかない。

 

自分の内側に、気づかない。

 

そういう人を抱きしめてあげることは、自分を抱きしめてあげることでもある。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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