Yogaで強く

  • 2018.12.06 Thursday
  • 15:51

 

Yogaのアサナ(ポーズ)の練習をするのに、身体の柔軟性は、あまり問題にはなりません。

 

Yogaは、アサナの完璧性を求めるものではないからです。

 

もし完璧さを求めるものがYogaだとしたら、そこには「目的」「行き先」が生まれ、

 

瞑想としてのYogaは無くなってしまいます。

 

 

現実社会では、私たちは常に「目標」を掲げ、理想像を持って生きるように仕向けられます。

 

それはそれで必要ですし、大切なことではありますが、Yogaという精神の修行には

 

必要ありません。Yogaは、ただ行うだけで良いのです。必死に頑張って努力する必要も

 

なければ、自分が今どこにいるかを知る必要もありません。

 

「こうなりたい」という欲からYogaをするのであれば、そうなれない、そうなれなかった場合の

 

苦しみが生まれてしまいます。

 

Yogaは手段ではなく、意識のあり方。

 

アサナをとり、呼吸とつながり、その中でリラックスすることを学ぶ。それだけです。

 

(ただ二つだけ、先生によってアドバイスされることがあります。

 

呼吸をしっかり深くするように言われる(これが全てなので)

 

そして、「エネルギーの方向性」を正してもっとポーズを深めることと、身体を

 

痛めるやり方をしている場合に、それを正しくさせる ということにおいてです。)

 

 

「頑張る」という言い方が合っているかはわかりませんが、もし頑張るなら、

 

淡々と、できるだけ頻繁に、とにかくYogaをやる ということのみです。

 

「面倒だ」とマインドが言うならば、そのマインドの言うことを聞き、

 

「はいはい。面倒なのね」と言いながら、やることです。これが精神を鍛えます。

 


 

 

私はもともと身体が硬く、色んなアサナの完成形ができずにいましたし、いまだにできない

 

アサナの方が多いです。

 

ですが、とにかく自分を評価せずに練習するようにしています。

 

ただアサナの中に没頭するようにしているうちに、気づくと「あ、これは前は得られなかった

 

感覚だ」という期待してなかった結果がやってきたりします。

 

それは自分だけが気づく小さな喜びかもしれません。

 

でも、身体が硬い人の方が、その喜びをたくさん得られます。

 

 

昔、スキーを教えていた時に、生徒さんに、「地元(雪国育ち)のインストラクターよりも、

 

先生(私のこと)の方が、できない苦労がわかってくれるからいい」と言って頂きました。

 

身体が少しずつ伸びやかに動くようになってきた時に、その軌跡をふり返って

 

得られる喜びは、もともと「人よりも自分は硬い」と思ってやってきた人にとって

 

プレゼントです。

 

話は戻りますが、だからと言って、頑張らなくて良い。

 

淡々とYogaの練習をすること。気づくと自然に運ばれて、マインドが強く

 

しなやかになっていくのです。

 

 

最後までお読み頂き、ありがとうございます。

 

to be continued・・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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