委ねてみる

  • 2019.01.24 Thursday
  • 15:01

 

昔の話だが、自己啓発セミナーで、こんなワークをしたことがある。

 

1、自分の過去でも、現在でも何か辛いことがあったら、それを書き出し、

 

2、ペアになって、相手にその話を語る

 

 

・・・というもの。

 

それぞれのグループに分かれて行った後、ある方がこんな話をみんなにシェアした。

 

 自分はテレフォンアポインターをしている。

 

 毎日一生懸命電話をかけ続けたが、1本もアポイントが取れない。

 

 同じマニュアルを使って、同僚はアポイントが取れるのに、自分は取れず、苦しくて仕方なく、

 

 夜も眠れないくらいストレスを感じている。

 

 自分の何が悪いのか考え、明るく喋るようにしたりしても、ほとんどアポイントが取れない。

 

 壁に貼り出された、みんなの成績グラフを見て、自殺したいぐらい辛い。

 

・・・という話を涙ながらに話してくれた。

 

 

セミナーの先生がそれを材料に講義してくれるのだが、

 

わかったのは、

 

アポイントが取れないこと  =  自分が辛いこと

 

事実と感情をごちゃ混ぜにしてしまっているということだった。

 

(ちなみに、アポイントがたくさん取れても、取れなくても、お給料は変わらないと

 

言っていた。)

 

グラフの成績のどんけつが自分だと思うだけで、辛く悲しく・・・という話をしているが、

 

「アポイントが取れない」から辛いと決めつけて、自分を苦しくしてしまっていることが

 

だんだん浮き彫りになってきた。アポイントが取れないのは、単なる事象なのに、なぜ

 

そこで苦しまなければならないのか、ということだ。

 

アポイントが取れない  →  取れないのは自分のせいじゃなく、時の運のようなもの

 

と考え、取れるまで頑張ればいいのだと思えば楽になる。

 

それがわかったようで、シェアしてくれた方は、最後にはすっかり落ち着いていた。

 

 

先日スタジオアムリタで行われたバガヴァッド・ギーターの講座では、

 

死について、先生が話してくださった。

 

人間は誰でも死ぬ。

 

(でも、大抵の人が自分はすぐ死ぬとは思っていないことが不思議なのだが)

 

「死が訪れても、魂は不滅なのだから怖がらなくても良い。死とは肉体を

 

着替えるようなもの」という教えほど、自分を楽にするものがあるだろうか。

 

ある程度年齢を重ねた方々は、死への覚悟と準備を始めるかもしれないけれど、

 

それでもこの教典の言葉を知ることで、どれほど恐怖が薄らぐかと思う。

 

インドのホスピスでは、スピリチュアルケアという仕事の方が、肉体の最期を迎える

 

方々に、その教えを伝え、心のケアをするそうだ。

 

そしてみんな穏やかなお顔で、死を恐れずに迎え入れるという。

 

死ぬ時期というのは、自分が知らないだけで、実は決まっているそうだ。

 

この世を作られた方によって、それは決められる。

 

先生は「死ぬ時が来たら、受け入れればいいんです」とおっしゃった。

 

自分の力で動かせないことは、沢山ある。

 

「自分」から離れて、委ねてみることで楽になる。

 

それから、死について知ることで、人は安心して生きられるのだなあとつくづく

 

思っている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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