自己満足

  • 2019.04.29 Monday
  • 19:21

 

「人に優しくするのは、自分が満足したいからだよ」と妹が友達に言われたそうです。

 

悲しい見方ですが、もう一度自分の意識を見直す言葉として私は聞きました。

 

ちょうど昨日のTTの哲学で、「自分の満足のために人に押しつけをしてないか」という

 

疑問を先生からみんなに投げかけられました。

 

 

たまたま最近読み直した、本の話。

 

昔、ローマ教皇ヨハネスパウロ2世が、ポーランドにある自分の両親の墓にお参りをするため

 

里帰りし、墓地に着くと、そこに大勢の人々が正装して、両親の墓の前で教皇を待ち受けて

 

いたそうです。そして背後から少年少女達が賛美歌を歌い始めたそうです。

 

この記事を読んだ曾野綾子さんは、教皇をお気の毒に思ったそうです。

 

静かに両親と対面し、会話することすらさせてもらえないのかと。

 

教皇がこの街の出身であることは町の人々の誇りであり、その教皇本人にお会いできる嬉しさ、

 

教皇のためにお出迎えをし、賛美歌を用意して待っていた町の人々の善意は、

 

善意であるがゆえに拒否できないものであったのではないかと曾野さんは

 

想像されたそうです。

 

有名人だから享受すべきものと友人は言ったと、書かれていましたが、曾野さんは

 

そうは思わないと。たとえ有名人であろうと、静かに両親と過ごす時間を持つことを

 

許されるべきではなかったかと問いかけていました。

 

実際に教皇がどうお感じになったかはわかりませんが、この話は、

 

自分が良いと思うことを人にする時には、徹底的に想像することが

 

必要なのだということを言っていると思いました。

 

もちろん、お年寄りに席をゆずることなど、考えすぎてはできないこともあります。

 

そういう時は、先に行動し、不要なら相手がすぐ反応してくれるのでわかります。

 

でも、この世には、すぐにわからないケースの方が多いわけです。

 

 

優しさの種類、そしてその優しさの元になる意図が十分に相手に届く

 

ためには、本当に相手が必要としていることを(もしかして本人も

 

わかってないことも時にはあるということも知って)何とか想像したり、キャッチして、

 

一方的に押しつけることでは伝わらないということを学びました。

 

 

私たちがYoga哲学の知識を学ぶのも、自分の満足のためではなく、必要なときに

 

人の役に立てるように学んでいるということを忘れないようにしなければ

 

ならないと思っています。

 

知識は生かさなければ、ただのゴミどころか、発酵してプライドという産物を

 

生み出してしまうのだと思います。

 

 

どれだけ人のことを思いやれるか。

 

自己満足ではない優しさとは何か。

 

それを徹底的に考えることが大事なのだと思いました。

 

 

今日も最後までお読みいただき、ありがとうございました。

 

Radhe Radhe!

 

 

 

 

 

 

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